神戸芸術工科大学 ファッションデザイン学科

神戸芸術工科大学

神戸でファッションを学べる大学

F&T JOURNAL 卒業生インタビュー Vol.1

見つけよう!自分の進む道

 ファッションデザイン学科発行のF&T JOURNALと連動して、「見つけよう!自分の進む道」と題した神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科の卒業生インタビューをアップします。
進路を決めたきっかけは?大学生活は?そんな質問にお答えいただいています。
ブログ記事第1弾は2003年度卒業性の渡邊洋平さんです!

今回のF&T JOURNAL の特集として掲載しているインタビューと、それに連動したもう一つのインタビューを掲載します。
ファッションデザイン学科の過去の様子や、その後活躍する卒業生の様子をお伝えします!

渡邊洋平さん(1999年度入学)

経歴:2003年神戸芸術工科大学 ファッションデザイン学科卒業。
神戸ファッションコンテストでグランプリを獲得し、パリ・クチュール組合学校(CHAMBRE SYNDICALE)に編入/卒業。在学中にパリ在中のブランドのインターンにて経験をつみ、同校卒業後HERMÈS(エルメス)にて経験を積む。在仏中にDORCAS PARIS(ドルカ パリ)を立ち上げパリコレクションに参加の後ANTEPRIMA(アンテプリマ)にてデザイナー起用。帰国後TOMORROWLAND(トゥモローランド)など国内外のブランドでキャリアを積み独立。
 2011年ALCANO(アルカーノ)設立。
レディース・メンズのデザイナーである中、2015年ALCANOセカンドラインとして蝶ネクタイのブランドALCANO Farfalle(ファルファーレ)を開始し繊研新聞にとりあげられる。
現在ALCANO 代表/ファッションデザイナー
及び星ヶ丘洋裁学校、大阪女子短期大学等で講師をつとめる。

高校時代

・ 高校時代はどんな高校生でしたか?
美術が得意で中学校高校時代を通して美術の成績はよかったです。高校時代は選択授業の定員の関係で美術が履修できず書道を履修する事になり、より美術やデザインを学びたいという想いが募りました。
 漠然とデザインをしたり物をつくったりすることへの想いをもっていて、デッサンを習い始め、それをきっかけにより表現することへの興味が膨らんでいきました。


・ ファッションデザインの進路を選んだきっかけは?
 神戸芸術工科大学を知ったのは美術予備校の先生からの推薦で、この大学に入ったのは偶然でした。高校時代から絵を描いていたので始めから芸大にいきたいという希望があり、もしかしたら工芸などの可能性もあったかもしれないのですが、神戸芸術工科大学との出会いからファッションデザインがどの様にデザインされているかを当時知らなかったので興味を持ち、進学を決意しました。

大学時代

・ 学生時代の渡辺さんはどんな学生でしたか?また、学生時代一生懸命に取り組んだことはなんですか?
 大学に入ってファッションへの興味は日々つのり、毎週ファッション通信をチェックしたりしていました。当時はパリの老舗プランドに若手デザイナーが起用される時代で、そのクリエイションのすごさにどんどん引き込まれ、パリへの関心を強く抱きました。
 学生時代はゼミ担当の野口先生のお話がとても面白く、その中でもパリでのご経験のお話はとても刺激的で関心から目標になりました。当時、野口先生の制服プロジェクトの第一回目で、制服のデザインのみならず実際にジャケットを制作するという事を経験し、その中で野口先生から服の作り方を一から学びました。
 直島への研修旅行など非常に印象に残っています。プロジェクトや研修旅行等、今もファッションデザイン学科で続いている行事の始まった第一期生でした。

・ 印象に残っている課題はありますか?
 3年生の後期の演習でビジュアルプレゼンテーションという瀬能先生の課題が印象に残っています。実習で作った黒いドレスを用いてビジュアルプレゼンテーションを考えるという課題に取り組んだ時、アイデアとして服を選ぶ前日の風景を描こうと、ドレスの周りにたくさんの脱ぎ散らかした服を展示するというアイデアに取り組みました。その時、先生の「鏡をおいたらいいよ」というアドバイスを実践してみたところ、自身でもはっとする瞬間を体験しました。その時の手応えをいまも覚えています。

 4年の前期で神戸ファッションコンテストに入選したため、その時点で就職活動を打ち切り、気持ちは留学への一途をたどりました。4年はコンテストとそれを経た留学へのモチベーションとともに過ごす毎日でした。

卒業後

 留学先での経験はとにかく猛勉強だった。これまであんなに勉強した事はなかったと思います。大学時代に専攻していたフランス語も実用レベルには足らず言葉が通じない中、まず専門用語と数字を完璧に覚えて、後はものづくりをとおしてのコミュニケーションが中心となりました。授業の後、企業のアトリエでインターン(アシスタント)として働くという毎日で24時間ファッションデザインに関わる純度の高い時間を持っていた経験はその後の仕事の取り組み方へと続いています。
 ヨーロッパではかつて時代を彩った数々の衣服の実物を実際に見る事ができます。パリでの洋服のアーカイブをみせてもらったときは過去の歴史に残る衣装の細部まで観察でき、華やかで気品あるデザインの数々、一流のクチュリエや職人の気が遠くなるような美しい手仕事。中世から近代・現代に至るまでの歴史の深さを知り、それらを培ってきたヨーロッパの本場で服を学ぶ事の醍醐味を知りました。その時代の空気を肌で感じ、街や人、文化のある、すばらしいところだと思います。

 今自身が教壇に立つときも、学生へは若い時に外国を見ておく経験を進めています。島国である日本では「これはこういうもの」という意識を持ちがちですが、海外へいくと全く違う。「広い世界を知る」ということの体験が大事だと思います。

・ 神戸芸術工科大学で学んでよかったとおもった事
 仕事をしている中で、取引先のテキスタイルメーカーの同級生と出会った時、その後食事にいって生地の事を話したり、一緒に勉強したりする事があります。
 神戸で同窓生が集まって忘年会をしたり、歴代のゼミ生が集まる会を開いたりと、卒業後もファッションが好きで活躍する同窓生に会える、在学生とのつながる、という「人とのつながり」を実際に持てる事だと思います。

・ 学生からプロへ、その道のり
 サンディカの卒業賞の副賞としてエルメスでのインターンの機会を得ました。
 その時パタンナーチームに配属されました。当時はデザイナーがジャンポールゴルチエに変わったばかりの時期、前任のマルタンマルジェラ時代を引き継いでパタンナーが白衣を着ていた事が印象的です。
 同じデザインのジャケットを3工場でサンプルを作り、一番良い工場を選ぶという贅沢なシステムを目の当たりに、エルメスで働く人々の意識の高さを肌で感じる事となりました。

 DORCAS PARISはもう一人現地で経験のあるパートナー、デザイナーの熊丸淳也氏と作ったブランドです。フランスでのブランド立ち上げは大変でした。当時20代半ばでスタッフも皆若く、無謀な挑戦と思われましたがブランドを続けていく中、自身のブランドがパリファッションウィークの公式スケジュールに掲載されたり、フランスのセレクトショップで商品の取り扱いが決まるなど、当時の夢がひとつずつ形になりました。
また、ショーで関わったモデルがその後誰もが知るデザイナーのコレクションにでていたり、大手メーカーの広告で起用されているのを見たときはとても嬉しい気持ちになります。

 DORCAS PARISに携わる中、ミラノでコレクションを行う外資系のブランドよりデザイナー起用の声がかかりました。当時はイタリア・香港・東京の3都市にわたり働きました。イタリア人の陽気さ、香港人の勤勉さ感じながら、感性や感覚はイタリア人がダントツだと感じました。日本のパタンナーはデザインに忠実に繊細な素晴らしいパターンを制作するが、外注のイタリア人パタンナーはデザインに対してどんどんと提案をしてきます。その中で良い物と譲れない部分をしっかりと伝えるなど、新しいスタイルが生まれるやり取りがデザインチームの中にはありました。自分のブランドでは日本の雑誌で取り上げられるという事を気にした事はありませんでしたが、当時Figaro(フィガロ)やMarie Claire(マリ・クレール)などのファッション誌にデザインしたアイテムが取り上げられる事もあり、ブランドの発信力の凄さをも体験しました。ヨーロッパの現場でデザインをしていると、何の打ち合わせもしていないのにイメージの近い提案が他ブランドでもおこる事がありました。その現地の空気から感じ取る「トレンド」をうみだす事ができるのだと思います。
 イタリアでも洋服のアーカイブだけを扱う場所があり、そのアーカイブをリースできるシステムがあります。そう言った資料を元にデザインをモディファイしながら新たなデザインを考えていくこともありました。
 その後、東京オフィスの勤務となり帰国、その経験を経てTOMORROWLANDにてデザイナー就任しました。

TOMORROWLANDでは若手のデザイナーはフェア等の際店頭に立つ事もありました。担当したアイテムはコートをやりながらカットソーなど。日本ではトレンドの半歩先を読む力が必要となり、トレンドの一歩先を読むヨーロッパとは違うところと感じます。感覚でデザインを考える事より、わかりやすくスピーディにデザインをする能力が必要となります。そんな違いを感じながらも、友人が自分のデザインをしたワンピースを気に入り店舗で購入していたり、数ある洋服の中からそのデザインを選んだ人に出会えるという事もデザイナーとして嬉しい瞬間です。

・本物の品質と価値を知ること。
・デザインにおける洗練性。
・ファッションを楽しむ遊び心。

ファッションというジャンルでは、有名で国内外に認知があり、素晴らしい製品を創る上記すべてのブランドとデザインの現場では、自身の技術や経験の不足で上手く仕事が出来ないことも数多くありました。その中でも大切な3つの要素を常に学び、デザイナーとして過ごせた日々に感謝をしています。それらを糧にして今も、日々の仕事に取り組んでいます。

ALCANO/Designer's Archive.

現在

 ALCANOの立ち上げ後は、元々半分独立した状況でこれまでの経緯があるので、若い頃の顧客との付き合いも続いている状況で進めています。

2015 年に始めた ALCANO Farfalle は繊研新聞にも取り上げられ、近年は展示会やプレゼンテーションの場も神戸・東京から国内各地に広がり商品の取り扱いも増加。

今後もメンズ・ウィメンズのコレクションと共に品質・技術など機能も高めて、年齢性差問わずファッションを通して人々の価値を上げる。デザインやスタイリングを大切に重視して、未来を創って行きたいと願います。

また昨年度からは、芸工大と単位認定のインターン(研修プログラム)を行っています。
現四年生が4名、2015AWシーズンでは一年生が2名。3か月間アトリエにてアシスタントとして製品制作に携わり、展示会の現場では業務のサポートなど。実践経験を積む場を設けています。

・ これからの目標は?
 日本の関西に戻ってきて、現在の仕事をしながらそのフィールドが広がりつつある中、この場所からフランスやミラノへプレゼンテーションを発信していくこと。加えて教育分野での社会貢献。デザインとファッションの旅は一生続きます。

・高校時代の夢は叶いましたか?
その時その時、ひとつの事を成し遂げるとまた次の夢が生まれてくる。これからも新たな夢へと進んでいきます。

芸工大の在校生のみなさん 入学を考えている方々へのメッセージ

一昨年より恩師の仕事を引き継いだことを経緯に、他大学にてファッションのデザインと服飾技術の授業を受け持っています。教育分野でも仕事をする中で学生のみなさんの若い感性や情熱はいつも新鮮で、デザイナーとしても毎日刺激を受けています。

神戸芸術工科大学のファッションデザインのスタジオやテキスタイルラボの設備は、
世界の教育機関と比べても群を抜いて優れており、プロの働く現場と比べても遜色ありません。先生方も実績・個性、共に豊かで厳しくも温かい指導を受けることができ、僕もそのような環境で学んで過ごしていました。

芸工大での学生時代は3年生までとても平凡で成績も良くなく、表現したいデザインや課題のプレゼンテーションも上手くできない時期が長くありました。学費を稼ぐためのアルバイトもたいへん忙しく、単位が足らず4年次になっても1年生の授業に出ていたほどです。

個性を磨き、発想や構想をデザインでしっかり形にするには、とても時間がかかります。
僕は同級生との切磋琢磨や、恩師との出会い。入学からずっと見ていてくれた先生方からの親身なアドバイス。これらがきっかけとなり、ある時期から学校でも自己表現が果たせるようになりました。

将来の進路や、ファッションの世界に進む中でも、当然苦境や困難も必ずあります。
失敗しても出来るようになるまでベストを尽くすこと。負けない気持ちを育むこと。

基礎から応用までを学ぶ中で、不器用にですがコツコツ歩を進めたこと、色々諦めなかったこと。これらが礎となり本当に貴重で大切な4年間だったなと振り返ります。

興味ある分野には前向きに挑戦して、人との絆や繋がりを喜びみ楽しむこと。
それぞれの夢を抱き、目標を実現すること。それが学べる環境が校内にはあります。

近い将来、機会があれば神戸の地からも皆さんと共に、ファッションやデザインに携わり創造的な関わりができますこと、楽しみにしています。